今回ご紹介する”Salt to the Sea“は、前回ご紹介した”The Boy in the Striped Pyjamas“に続いて、第二次世界大戦中のヨーロッパが舞台の作品です。
1945年1月、進撃を続けるソ連軍から逃れるため、多くのドイツ人やドイツ系住民々がドイツ本土を目指して避難していました。バルト海沿岸の港からドイツ本国へ航る避難船、それに乗れれば安全と自由の地に連れて行ってもらえる。そのことを希望の拠り所として、雪の東欧を老人から孤児まで海岸を目指して歩き続けます。
彼らの絶望的な逃避行を描いたこの作品は、9千人以上が亡くなり海運史上最大の惨事と言われている史実に基づいたフィクションで、2016年にニューヨーク・タイムズのベストセラー入りし、2017年にはイギリスの児童文学賞カーネギー賞を受賞しました。
この作品、4人の若い男女の視点から語られていくのですが、だいたい2ページごとに語る主体が切り替わるので最初は正直、読むのが面倒に感じました。
また文体も、劇的な印象を与えたいのか、短いセンテンスだけで改行したりして、なんというか思わせぶりな雰囲気で、淡々とした文体のほうが個人的には好きなので最初はちょっと冷めた感じで読んでしまいました。
でも、主要登場人物3人が一緒になってさまざまな苦難に直面していくうちにストーリーにぐいぐいと引き寄せられていって、仲間を失いつつもやっとのことで港についたときには、もうこのままドイツにわたってハッピーエンドにしてほしい、と思ったぐらいでした。ですがその後は海で惨劇が待っています。史実に基づいているので、海でどういう事が起こるのかわかっていてページを捲るのが辛いのですが、最後まで読まずにはいられなかったです。
航行中のシーンでは、同じく第二次世界大戦末期、沖縄から疎開児童を載せて本土を目指している途中に撃沈された対馬丸を思いましました。
ですが悲惨な描写ばかりというわけではなく、2人の若者の淡い恋が描かれたり、第二次大戦中にナチスに略奪され行方不明になったロシアの財宝も絡んできて、ワクワクドキドキする部分もあります。なかでも一番の救いが、人間の醜い部分を暴くような自己中心的な行動の描写が意外と少なかったこと。生き延びるのに必死で他人を欺き蹴落とし見捨てていく、といった部分よりも、助け合いや信頼のほうが印象に残り、やっぱり対象読者は子供なのだなと安心しました。
舞台となっているのは東プロイセンです。第二次大戦後にポーランドとソ連の領土となり、中心都市ケーニヒスベルクもカリーニングラードと改名されましたが、中世のドイツ騎士団領からプロイセン王国となり、19世紀にはプロイセン国王がドイツを統一した、ということからわかるように歴史的にドイツとの繋がりが強い地域です。ケーニヒスベルクは哲学者のカントが生涯のほとんどを過ごした地ですね。
主要人物の一人はポーランド人の少女。第二次大戦中、ポーランドはドイツとソ連に占領され、ドイツ統治下ではポーランド人は劣等民族として差別されていました。
また、もうひとりの人物はドイツ人とリトアニア人のハーフです。リトアニアは第一次世界大戦後に独立したものの約20年後の第二次大戦初期にソ連に併合されています。杉原千畝がユダヤ人を助けたころですね。その後、ソ連に侵攻してきたドイツによって占領、という歴史をたどっています。この登場人物は、リトアニアも安住の地ではなく、かといって自分はドイツ人でもない、という状況に置かれています。
そのため、みんながドイツ本国を目指して逃げているものの、単純に自国を目指しての脱出、という話ではありません。こういう点が、物語に深みを与えていると思います。
第二次大戦中のポーランドの悲惨な歴史は映画監督アンジェイ・ワイダの「地下水道」や「カティンの森」にも描かれています。両作品ともラストが強烈な印象を残しますね。
またポーランドとリトアニアは政治的な結びつきが古くからあり、16世紀から18世紀末まではポーランド・リトアニア共和国として200年以上ひとつの国となっていました。20年ほど前にポーランドで大ヒットした映画「パン・タデウシュ物語」も舞台はリトアニアです。
もちろん、こういった歴史的背景を知らなくても十分、読者の心を鷲掴みにする力を持っている作品です。日本語訳も『凍てつく海の向こうに』というタイトルで出ています。ご興味を持たれた方はぜひ読んでみてください。
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