ニュージーランドで英語教育 ほうかごブログ

どれい船にのって―『The Slave Dancer』

アメリカの人種差別を題材にした本は多いですが、今回ご紹介する『The Slave Dancer』は、奴隷船に載せられた白人の少年のお話です。
作者Paula Foxは児童文学の大家で、この作品で1974年にアメリカの児童文学賞、ニューベリー賞を受賞しました。
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主人公のJessieはミシシッピ川の河口に位置する港街、ニューオーリンズに住む13歳の少年。4歳のときにお父さんを亡くし、おかあさん、妹と家族三人で貧しい暮らしをしています。ある晩、お使いにでたJessieは誘拐され、船に載せられてしまいました。その船は奴隷の密輸船で、アフリカに向けて出航します。Jessieは荒くれ者の船員たちに囲まれて酷使され、早くこの航海が終わって家に帰れることだけを望みに。そして数週間後、アフリカで黒人奴隷が船に積み込まれてからは、奴隷を人間として扱わない様子にJessieは衝撃を受けます。奴隷が高く売れるよう、奴隷船では健康状態を維持するため、毎日笛を吹いて奴隷に運動をさせるのです。Jessiは笛を吹く仕事をやらされるのですが、これが嫌でたまらず、一度は拒否するのですが船員に鞭で叩かれます。Jessiは無事、家族のもとに帰れるのでしょうか…。

物語はJessiの一人称で語られるのですが、家族から引き離された少年のつらい気持ち、そして、かわいそうな黒人たち、という単純な内容ではありません。荒々しいけどどこか温かいPurvis、丁寧で優しい素振りをするものの油断のならないStout、そして金儲けのためなら平気でなんでもする船長など、個性豊かな乗組員が読み手の関心を掴んでいきます。
またJessie自身、奴隷たちに同情しつつも、奴隷を憎む気持ちを吐露するシーンが出てきます。Jessieは普通の男の子で特に性格が悪いわけではなく、黒人に偏見もなさそうなのですが、こういう一見矛盾した描写は読んでいて全く不自然に感じられないどころか、作者の人間を見る目の深さを感じました。

奴隷船で運ばれている黒人の気持ちや恐怖がもっとわかるように書くべきだった、との批判もあるようですが、13歳の少年の視点から描いているためそこは限界があったのではないのかな、と思います。それに、乗組員が躊躇することなく奴隷を船から海に投げ入れるなど、子供向けの本にしてはずしんと重い気持ちにさせるシーンが結構あるので、これ以上の心情描写はなくても十分考えさせる作品になっているのではないでしょうか。作者のPaula Foxは児童文学について、大人向けの作品と同じくらい芸術性があり完成度が高くないといけないと言っており、子供向けだといって作品の持つ力強さを薄めるなんてことは決してやってはいけない、と述べていますが、まさにそのような作品になっています。

賛美歌Amazing graceを耳にしたことがある人は多いんじゃないでしょうか。

これも奴隷貿易に携わっていたいた白人が、改悛し牧師になって作った歌だと言われています。この歌のバックグランドを知らずに聞いていたときは、単にきれいな曲だなとしか思わなかったのですが、この本を読んだあとでは違って聞こえます。

この物語の時代設定は1840年。南北アメリカで多くの黒人が非人間的な環境で酷使される一方、奴隷制廃止の論調が高まってきた時期です。19世紀初頭に奴隷貿易を禁止したイギリスは、海軍が密輸船を取り締まっていました。またフランス植民地だったカリブ海のハイチでは、黒人が反乱を起こし史上初の黒人共和国が成立しています。アメリカでも奴隷の輸入は禁止されており、北部の州では奴隷制が廃止されていました。ですが南部諸州では綿花のプランテーションの発達が主たる背景となって奴隷制が維持されており、アメリカ国内で奴隷制を巡って論争・対立が見られた時代です。この物語の前年には、キューバ沖でスペイン籍の奴隷船の黒人奴隷が反乱を起こしアメリカ海軍に拿捕され、その黒人たちが自由の身であるかどうか裁判で争われたアミスタッド号事件が起こりました。これはスピルバーグ監督によって映画化されています

この作品はフィクションですが、作者は奴隷船についてかなりリサーチをして書いたそうです。アフリカからアメリカに奴隷を運ぶ航路は中間航路the Middle Passageと呼ばれ、この絵に描かれているように、奴隷は船の中で隙間なくぎっしりと積み込まれていました。作品中でも同様の描写となっています。

また、奴隷制が認められていた南部から奴隷制が廃止されていた北部に黒人奴隷を逃がすUnderground Railroadと呼ばれる組織を思わせるシーンが出てきます。

『どれい船にのって』というタイトルで和訳も出ていますが、今は残念ながら絶版のようです。

大人が読んでもいろいろと考えさせられるこの作品、ぜひ一度読んでみてください。

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Posted on: May 31st, 2022 by Yuko Okumura コメントはありません

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